楠木氏館
楠公誕生地

別名 楠木氏館 付近住所 大阪府南河内郡千早赤阪村大字水分263 現在 くすのきホール 他
2004/10/26 碑・案内板アリ


楠木正成は永仁2年(1294年)、この地に誕生したと伝えられている。文禄年間に増田長盛が豊臣秀吉の命をうけ、土壇を築き、建武以後、楠木邸にあった百日紅を移植したという記録が残っている。また、元禄年間には、領主石川総成が保護を加え、明治8年、大久保利通が楠公遺跡めぐりの際、ここに石碑を建立し顕彰した。碑文の「楠公誕生地」は、幕末勤皇派の三剣豪の一人で、当時誉田八幡宮の祠官であった桃井春蔵直正の揮毫によるものである。

「楠公誕生遺跡」
ここは楠木正成が誕生したという伝承の残る地です。くすのきホール建設に伴い発掘調査を行った際には、
2重の堀を周囲にめぐらせる建物跡を検出、出土遺物も14世紀のものが認められ、周囲の中世山城群と合わせて考えると楠木氏との関連も推定することが可能です。また、付近には楠公産湯の井戸の伝承地も残ります。

楠公産湯の井戸

楠木正成(
12941336)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけて活躍した人物です。ここ水分山の井で生まれたといわれています。正成が生まれた楠公誕生地からは、同時代の中世の館城を確認しています。地元では、正成は「楠公さん」と呼ばれ親しまれており、この井戸の水を産湯に使ったといわれています。

   
  産湯の井戸